大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

岡山地方裁判所 昭和43年(ワ)205号 判決

原告

尾崎春一

被告

曙ラジオ有限会社

主文

被告は原告に対し一六〇万五七〇〇円およびこれに対する昭和四三年四月六日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求は棄却する。

訴訟費用はこれを二分し、その一を原告その余を被告の負担とする。

この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

ただし被告が六〇万円の担保を供するときは右仮執行を免れることができる。

事実

第一、当事者の求める裁判

(原告)

一、被告は原告に対し金八七五万三三三六円およびこれに対する昭和四三年四月六日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

との判決ならびに仮執行の宣言。

(被告)

一、原告の請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

との判決ならびに予備的に担保を条件とする仮執行免脱の宣言。

第二、当事者の主張

(請求原因)

一、被告曙ラジオ有限会社(以下、被告会社ともいう)の従業員である訴外片山精二は、昭和四一年一二月二六日午後三時二〇分頃、軽四輪貨物自動車六岡ま七六一八号(以下、加害車ともいう)を運転し、時速約四〇キロメートルで倉敷市下津井田之浦五の三番地先県道を東進中、進路前方道路左端で漁舟を修理していた原告の後腰部に自車を衝突させて同人を路上に転倒させ、よつて、原告に対し、頭部打撲症、頭頂部・右顔面挫傷および左耳翼部・右手・左大腿打撲傷等の傷害を負わせ、このため原告は脳軟化症をも併発し、現在も頭痛などむち打ち症の後遺症に悩まされている。

二、被告会社は加害車を所有し、自己のため運行の用に供していた。

三、原告は右事故により次の損害を蒙つた。

(一) 治療費(入院費、入院諸雑費等を含む)

合計金八六万四五九七円也

(イ) 金三万二八〇九円

児島市民病院に支払つた費用

(ロ) 金一九四〇円

藤井整形外科病院に支払つた費用

(ハ) 金八六六一円

川崎病院に支払つた費用

(ニ) 金一五万八八〇二円

沖病院に支払つた費用

(ホ) 金六万三三八五円

徳島市民病院に昭和四二年一二月二六日までに支払つた費用

(ヘ) 金六〇万円

徳島市民病院に昭和四二年一二月二七日から翌四三年末までに治療費等として支払つた費用

(二) 得べかりし利益の喪失による損害

金六八八万八七三九円也

原告は本件事故前漁業を営んでいたが、本件事故により前記傷害を受けたばかりか、現在も前記後遺症に悩まされて仕事が全くできず、今後も、漁業に従事できるまでに健康が回復する見込は殆んどない。

しかるに原告は、前記事故による受傷当時満五一歳で、なお一〇年間は漁師として稼働できたものと考えられ、原告の昭和四一年度の純収益は、総水揚高二〇〇万六一七三円から消耗費金五九万九一一四円および人件費(雇人二名)金五四万円を控除した残額の金八六万七〇五九円であつたから、結局同人は、事故後一〇年間はなお引続き毎年右と同程度の収益をあげえたとみることができ、これが本件事故による同人の逸失利益と考えられるところ、これを一時に請求するため、ホフマン式計算方法(複式)により年五分の中間利息を控除すると、事故時現在の右逸失利益の価額は金六八八万八七三九円となる。

(三) 慰謝料 金一〇〇万円也

原告は本件事故の発生によつて前記のように受傷し、現在なお頭部外傷に基づく眩暈症の治療を受けているが、歩行困難で、寝起きにさえ不自由を感じ、軽度の運動、読書によつても耳鳴りを覚えるうえ脳幹障害があると診断されていることから廃人として今後の生涯を送らねばならないのではないかとの危惧に悩まされている。

右原告の精神的苦痛を慰謝するに金銭をもつてすれば金一〇〇万円が相当である。

よつて原告は本件加害車の運行供用者たる被告に対し前記損害金合計金八七五万三三三六円およびこれに対する訴状送達の日の翌日たる昭和四三年四月六日から支払済みまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

(請求原因に対する認否)

一、請求原因一の事実中、原告主張の日時場所において、被告会社の従業員である訴外片山が原告主張の自動車を運転して原告と衝突したことは認め、その余の事実は否認する。

二、同二の事実中加害車が被告会社の所有であることは認める。

三、同三の事実中(一)(イ)ないし(ホ)は不知であるが、仮に原告が前記病院での治療を受けたとしても、その対象たる原告の訴える症状と本件事故との間の因果関係の存在を争い、その余は否認する。原告の訴える症状は心因的要素によるものであるから、これに基づく逸失利益、精神的苦痛は被告がが填補すべき筋合の損害でない。

(抗弁)

一、原告は、本件事故発生当時、交通ひんぱんな県道上において、危険をかえりみず、漁具の修理を行つていたものであつて、原告の右不注意な行動が本件事故の重大な原因をなしているから、この点、損害額の算定につき斟酌されるべきである。

二、被告は原告に対し左記の金員を本件事故による損害賠償として支払つた。

(一) 昭和四二年一月二八日 金五万円

(二) 同年二月二日 金三万円

(三) 同年二月二七日 金二万円

(四) 同年四月一二日 金五万円

(五) 同年五月二五日 金三万円

(六) 同年八月一一日 金一〇万円

(七) 同年九月二三日 金七万円

(八) 昭和四三年八月一三日 金一〇〇万円

三、(一) 本件事故による損害に対して、強制保険から原告に左記の金員が支払われている。

(イ) 昭和四二年一月三〇日 金一万円

(ロ) 同年八月八日 金四六九三円

(二) 強制保険から訴外藤井整形外科に原告の治療費として左記の金員が支払われている。

昭和四二年八月三〇日 金三一万三七〇九円

四、原告は本件事故以後、岡山県等から、水島工業基地の造成、しゆんせつ、航路の設定等による漁獲高減少に伴う漁業補償を左記のとおり受取つているから、この範囲において、原告の損害は発生しなかつたというべきである。

(一) 昭和四二年二月二三日分 金二二万八〇〇〇円

(二) 同年五月二二日分 金八二万円

(三) 同年度E地区分 金五万六五〇〇円

(四) 同年度番の州分 金一万三五〇〇円

(五) 昭和四三年度児島地先分 金二万二〇〇〇円

(六) 昭和四四年度児島地先分 金二四万八〇〇〇円

以上合計金一三八万八〇〇〇円

第三、証拠〔略〕

理由

一、請求原因一の事実中、被告会社の従業員である訴外片山精二が、原告主張の日時場所において本件加害車を運転中原告と衝突したことについては当事者間に争いがなく、〔証拠略〕を総合すれば、原告は右事故により頭部打撲傷、頭頂部・右顔面挫傷、右手・左耳翼部・左大腿打撲傷の傷害を負つたことが認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

二、そして、その後の原告の右傷害の治癒状況につき、〔証拠略〕を総合すれば次の事実が認められ、格別反対の証拠はない。

原告は右受傷後ただちに児島市民病院で診察を受け、その後ひきつづき昭和四二年二月二日まで同病院において入院治療を受けたが、しだいに頭痛肩こり耳鳴りなどの症状が現われて悪化し、治癒の見込がつかなかつたため、藤井整形外科病院に転院し、ここで昭和四二年二月二日から延べ一二四日間入院治療を受け、その間川崎病院、岡山大学医学部附属病院脳神経外科および麻酔科を訪ねたりしてみたものの、やはり右病状ははかばかしく快方に向わず、次いで昭和四二年八月一〇日から同一一月一日まで沖病院で、更には昭和四二年一一月から同四三年九月二一日まで徳島市民病院でそれぞれ入院治療を受けたが、依然快癒するに至らず、その後も同病院に時々通つて治療を続行してきた。

しかるに被告は、原告の右症状につき、心因的要素に基づくと主張して本件事故との因果関係を否定し、鑑定人奥村修三の鑑定の結果によれば右心因的要素の存在の可能性を否定できないとされるけれども、右鑑定の結果とて原告の症状を全面的に心因的要素に帰せしめているわけではむろんなく、右鑑定の結果と前掲各証拠とを総合すれば、原告の現在における症状は本件事故との因果関係を否定し去ることができないとみるほかなく、現在、原告には、自動車損害賠償保障法施行令別表の後遺障害等級一二級一二号の局部に頑固な神経症状を残すものにあたる本件事故に起因する後遺症があるとみるのが相当である。

三、そして、加害車が被告会社の所有であることは当事者に争いがないところ、本件事故当時、被告会社が加害車の運行支配および運行利益を有しなかつたとの主張立証がなく、又免責の抗弁の主張もないから、被告会社は、いわゆる運行供用者として、右事故により原告の豪つた次のような損害を賠償する責任があるといわねばならない。

(一)  入通院治療費および雑費 計二六万四五一五円

右の点につき、〔証拠略〕を総合すれば、原告は本件事故と相当因果関係のある次の費用を出捐し同額の損害を受けたことが認められ、格別反対の証拠はない。なお原告は、昭和四二年一二月二七日以降も治療費として六〇万円の支出をしたと主張するけれども、これを認めるに足りる証拠はない。

1  児島市民病院につき 三万二八〇九円

2  藤井整形外科病院につき 一九四〇円

3  川崎病院につき 八六六一円

4  沖病院につき 一五万八七二〇円

5  徳島市民病院につき 六万二三八五円

(二)  得べかりし利益の喪失 一七〇万五八七八円

〔証拠略〕を総合すれば、原告は、本件事故遭遇当時、兄尾崎栄一、甥尾崎猛と共同で又は単独で、飼料いわし、まなかつお、いかなご、いか袋待、えむし掛、底曳網、ニシなどの漁業に従事し、いかなごについては主として下津井製氷冷蔵株式会社に対し直接に売るほか、時には組合の指定で他に販売しあるいは注文に応じて直接沖売りをし、その他の漁獲物については殆んどを組合に売り渡し、これらを直接組合に売り渡したときには売り上げの五%を、その他の場合には組合員の売上報告高に対しその三%程度を、口銭(組合費の性質をもつ手数料)として組合に納めていたことが認められ、右事実と〔証拠略〕を合わせ考えると、原告は年によつてその漁獲高に従つて収入にある程度の変動があるとはいえ、右漁業により毎年六〇万円の純益を得ていたとみることができ、右認定を覆すに十分な証拠はない。

ところで、〔証拠略〕によれば、原告は、本件事故当時満五〇才八ケ月の健康で優秀な腕前を持つ漁師で、爾後なお一〇年間は漁師として稼働できたものとみることができるところ、前記認定のように本件事故による受傷のため昭和四三年九月二一日まで入院治療を受けており、右事実と、〔証拠略〕を総合すれば、この間およびその後の約三ケ月間(計二年間)は、前記漁業はおろかどんな仕事をすることも不可能であつたことが認められ、それ以後も前記認定後遺障害等級一二級に該当する程度の後遺症が残り、そのため更に少くとも四年間は三〇%程度(激しい肉体労働を伴う漁業自体に従事する能力の喪失の度合は三〇%を越えるものと考えられるけれども、〔証拠略〕によれば、原告の所属する第一田之浦吹上漁業協同組合の組合員および原告の周辺にのりの養殖をする者が増えていることなどから見て原告にはのり養殖業その他への転職の可能性も十分考えられることを勘案するべきである。)の稼働能力の減少、従つてそれに相当する収入の減少が見込まれると認めるのが相当である。

そうすると、ホフマン式計算方法(複式)による年五分の中間利息を控除すれば、結局原告の本件事故発生時における逸失利益の価額は一七〇万五八七八円となる。

なお、〔証拠略〕を総合すれば、原告らの漁場は水島工業地帯の建設に伴う海水汚濁により年々漁獲高が減少する傾向にあること、そのため、原告が被告主張どおり総額一三八万八〇〇〇円の漁業補償金を岡山県から受けとつていること、しかしながら、この金額は必ずしも当該補償金を受けとる漁民の実際の漁獲高の減少に比例しない、いわば県と漁民との間の政治的交渉に基づいて決定されたものであることがそれぞれ認められ、格別反対の証拠はない。してみると、右事実は前記損害額認定に影響がないとみるのが相当である。

(三)  慰謝料 一〇〇万円

原告は、前記認定のように、本件事故遭遇当時満五〇才の働き盛りで、漁師仲間でも優秀と認められる漁業実績を有し、一家の大黒柱(この点につき証人尾崎すみ子の証言により認められる)でありながら、本件事故による受傷により約一年九ケ月の間入院治療を余儀なくされ、この間なんらの仕事もできず、現在も、多分に心因的要素に基づくことが認められるとはいえ前記認定の頭痛耳鳴り等の後遺症に悩まされていることおよび本件事故の態様、被告の示した慰謝の措置、その他本件口頭弁論に現われた諸般の事情を考え合わせると、原告の精神的肉体的苦痛を慰謝するに金員をもつてすれば一〇〇万円が相当である。

四、被告は、本件事故発生の原因として、県道上で漁具の修理をしていた原告に過失があつたと主張するけれども、これに沿う証人片山精二の証言は原告本人尋問の結果に照したやすく信用できず、他にこれを認めるに足りる証拠がない。

五、ところで〔証拠略〕を総合すれば、原告は、被告から本件事故に基づく損害の賠償として被告主張どおり計一三五万円を受取つているほか、自賠責保険から昭和四二年一月三〇日と同四三年八月八日の二回に治療費として計一万四六九三円の給付を受けていることが認められる(他に強制保険から前記藤井外科病院に対し、治療費として計三一万三七〇九円の支払がなされていることが認められるけれども、原告の主張および〔証拠略〕によれば、原告は被告に対し、始めから右支払の対象となつた費用を損害金から控除して請求していることが認められるから、右弁済の主張は考慮に入れないものとする)から、これを前記損害に充当する。

六、そうすると、原告の請求は一六〇万五七〇〇円およびこれに対する訴状送達の翌日であることが記録上明らかな昭和四三年四月六日から支払ずみまで民事法定率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用につき民事訴訟法九二条、仮執行および同免脱の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 五十部一夫 浅田登美子 東修三)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例